物理学(特に核物理学)と医学を結ぶ連携プロジェクト
その発端と現状

日本物理学会キャリア支援センター長  坂東昌子

1  発端 放射線医学

  日本物理学会理事の下浦氏(現在東大理)からメールが届いたのは、2007年4月20日でした。そこには、下浦氏が立教大にいたときの最初のドクターの学生だった西尾氏の紹介があったのです。西尾氏は、ドクターを取得したのち、放射線医学研究所を経て、今、国立がんセンターにおられるとのこと。それまで、国内の医療現場にはほとんどいなかった医学物理士として、厚生省( 現在厚生労働省) が採用した物理出身の人でした。「医療分野には物理出身者のニーズが増えてくる可能性があります。」とありました。貴重な情報でした。そこで、人材委員会にこの情報を流したのが事の発端です。「ドクターを出て、資格がすぐ取れるわけでもないでしょうが、どういうプロセスが必要なのか、今後の参考になりますので、ぜひとも教えてほしいです。」ということから始まって、「”がんプロフェショナル養成プラン”と、”キャリアパス多様化プログラム”とを関連させるべきなのかどうか」についても、何度も議論いたしました。
  理学分野のみならず、医学・工学分野との連携も必要になります。それに、物理学会としては、「他分野へ行くことを奨励する」ばかりを強調するのは、学会としての取り組みとしては、どうも納得しがたいところがあります。「この事業を始めて、かえってみんなを萎縮させないか、それが一番気になるところです。したがって、多様化支援事業だけを進めることの危険性を十分に意識した活動が大切になると思っています。」といった意見交換を何度もして、この事業を取り組むための客観的な情勢の把握と、この企画を進めるにあたっての目標の明確化、という2つの方向から、何度も直接議論を交換しました。そもそも、このキャリア支援事業自体がそういう誤解を与える可能性があるので、慎重に取り組む必要を感じていたのです。そのためには、物理学という学問としての医学との連携という境界領域へのアカデミックな展開の視野が必要でした。

2  物理学と医学の連携-アメリカの例

  しかし、後で紹介するように、放射線医学の分野は、実はアメリカ物理学会では、
http://meetings.aps.org/Meeting/MAR07/SessionIndex3/?SessionEventID=64456
にみられるように、こういうセッションが開かれているのです。物理分野の一部としてきちんと位置づけられていることを発見したのです。

2007 APS March Meeting

3  放射線医学分野からの情報発信

3-1 国立がんセンター・臨床開発センター・粒子線医学開発部 西尾禎治先生

最初に流れたのは、核談(原子核談話会)のサーバ、
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~kakudan/butsurishi.pdf
です。そこには、西尾氏の紹介文がありました。

西尾さんの紹介文

  みなさん、はじめまして。西尾と申します。
  私は、10年ほど前までの学生のときは、立教大学で原子核の研究をやっていました。現在は、昔の研究経験を活かし、放射線がん治療の分野の仕事に従事しております。今は国立がんセンター東病院・臨床開発センター・粒子線医学開発部で、主に235MeVの陽子ビームを利用したがん治療の研究から実際の治療運営までを行っています。 多くの皆さんと畑違いのことをやっておりますが、これからも宜しくお願い致します。   また、早速で恐縮なのですが、この度、リクルート活動をさせて頂きたく、メールを出させて頂きました。
  私は、主にがんの放射線治療に関する仕事に従事しています。職名としては、”医学物理士”といった職に相当します。がんの放射線治療を実施する上で必要不可欠な物理の専門の人材ということで、欧米では各大学病院・研究所から身近な民間病院にまで、医学物理士が雇用されています。雇用形体は医師と同等であり、欧米では非常に地位の高い職種になっています。
  ところが、現在の日本ではそのような職種の雇用枠が非常に少なく、また、その為の人材育成も十分でありません。
  そこで、今年度から、国策のがん対策基本法のなかで、文科省が”がんプロフェショナル養成プラン”を立ち上げました。その中で、医学物理士育成は中心の一つです。
 前置きがやや長くなり申し訳ありませんが、原子核物理、放射線計測学等の基礎物理の知識を活かして、がんの放射線治療の高精度化の研究から品質の管理までを実施し、日本のがん治療水準の向上に貢献して頂ける若手の人材を募集しております。 談話会挨拶メールに加え、若手のリクルートメールで非常に恐縮しておりますが宜しくお願い致します。 興味のある方は、是非、私の方(tnishio_at_east.ncc.go.jp)まで御連絡頂けると何よりです。
  〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1
  厚生労働省 国立がんセンター東病院
  臨床開発センター 粒子線医学開発部
  物理専門官 理学博士・医学物理士 西尾 禎治

ついでに、西尾さんの自己紹介も載せておきます。。

西尾さんの自己紹介

 私自身、基礎物理の分野から偶然にも今の医学分野へ行く機会があり、現在に至っています。この分野へ来て、そろそろ10年を迎えようとしていますが、”医療は最先端”と一般的には思われがちな事と、実際は逆の部分が多数存在しています。 特に、がんの放射線治療における物理部分は...驚くほど、先端とは遅れている状況です。物理の先端を医療側は全く知らないといった事態となっています。
 よって、基礎物理をやってきた方々からは、ごく当たり前のことでも、少し機転を聞かせることが出来れば、こちらの業界ではインパクトファクターの高い論文でpublishされたりします...。ある意味、まだまだ未開拓分野であり、なおかつ、国民へのフィードバックが高く、国やマスコミの注目度も高い分野です。
 最近は、医工連携ということで、原子力工学系で医学と連携して医学物理の研究、と多くの大学で聞きますが... どちらかと言うと、この分野で必要とされているのは基礎物理(放射線系の物理)だと思っております。また、こちらの施設の見学を兼ねて、お越し頂ける時間がありました、是非とも宜しくお願い致します。

3-2 放射線医学総合研究所 渡辺 泰司先生からの問い合わせ:

キャリアパス事業に取り組むことになった2007年5月、放射線医学総合研究所 渡辺 泰司先生からお電話があり、「坂東学会長(注:2007年8月まで会長)様、 栗本理事様他関係者の方が、東京にお見えになる機会がございましたら、私ども放射線医学総合研究所の遠藤真広企画部長(日本医学物理学会前会長)等、関係者との間で、医学・放射線分野等での連携の可能性等について、意見交換をさせて頂ける場を設けさせて頂ければと思っております。」という、申し出をいただきました。そこで、文科省主催のキャリアパス事業連絡協議会が 7/9(月)に開かれること、そこに坂東(会長)と鹿児島副会長が出席して、相談をする機会となりました。そして、これを機に、2007年10月15日放射線医学研究所の見学会をおこなったのです。

3-3 伊藤 彬先生(癌研究所・物理部長)からの情報

  いろいろな方の情報をいただきたいと思っていたところ、伊藤彬先生からも、いろいろな情報をいただきました。とても興味深いので紹介します。伊藤先生は、立命館大学国際平和ミュージアム放射線防護学の安斎育郎先生と同級生です。
    安斎先生からは、「1895年のレントゲンによるX線の発見、および、1898年のキュリー夫妻によるRa放射能の発見以来、物理学の医学・医療への貢献は著しいものがあり、放射線医学・医療は、診断と治療の広い領域で不可欠な道具・方法を提供してきました。東大では、放射線健康管理学、保健物理学などの勉強をして、1972年に東大医科学研究所に就職してサイクロトロンによる速中性子治療の臨床研究をはじめとして「医学物理」の世界に生きてきました。ともかく、医学・医療における物理学の応用と展開についてご相談いただければ幸いです。宜しくお願いします。」として伊藤先生をご紹介いただいたのです。伊藤先生は、「私は、癌研究所物理部に移って18年ほどですが、最近になって、放射線治療の需要が増え、高度に発展した放射線治療を安全・確実に実施するには、従来の診療放射線技師さんの資格だけでは不十分とされてきました。数学・物理の素養を持ってMS, PhDの学歴をもち、かつ、医療の現場で一定の訓練を受けた「医学物理士」が医師(放射線腫瘍医)、技師、看護師等とチーム医療に加わり放射線の線量や治療の計画などに参画するようになりつつあります。40年前に東大医科研に行った時に比べると随分と変わりつつあります。」
  放射線医学の始まりは、マリー・キュリーにまでさかのぼるということを知り、私はとても感激しました。マリー・キュリーが、理科実験教室を開いたというのは良く知っていたのですが、彼女の活躍は、そればかりではありません。ヒューマニズムに基づくこういう分野を切り開いたことも、X線を発見し医学に貢献した、第1回ノーベル賞受賞者であるレントゲンとともに、忘れることのできない医学への物理学者の貢献であるとの思いを新たにしました。伊藤先生の説明文を掲載します。
  日本物理学会と日本医学物理学会との協力関係を築く一歩になれば幸いです。

伊藤先生説明文

  医学物理の世界では、一番元気なアメリカの医学物理学会(American Association of Physicists in Medicine, AAPM)は、AIPの傘下メンバーで、AIPと同じオフィスビル(One Physics Ellipse)にあります。AIPのビルのなかでは、一番大きな面積を占めている個別学会がAAPMです。何年か前にAAPMの本部を訪れた時に、感慨を深く持ちました。
  日本医学物理学会の母体は、1961年に日本医学放射線学会物理部会として発足しました。医学会の一部でした。いろいろと議論の末、1998年に日本医学放射線学会から独立したところです。(私は、1993?1998まで6年間、医学物理学会(JAMP)の会長を務めました。)なお、日本医学放射線学会の名前は、日本放射線医学会が自然なのですが、歴史的な経緯がありまして、この名前です。英語名のJapan Radiological Societyは解りやすい名前です。
  医学物理学は、100余年前の放射線・放射能の発見が契機になっています。癌研究会は、1934年に大量(5000mCi)のラジウムを導入して本格的なラジウム(放射線)治療を始めました。その歴史的背景がありましたので、1998年に、キュリー夫妻によるラジウム放射能発見100周年記念事業を日本アイソトープ協会と共催で行いました。日本物理学会が主催した記念事業にも協賛して、その偉業の顕彰を行いました。私は、この事業の事務局長として、フランス、ポーランドの関係者の協力を得て、日本での広報活動を行いました。今でも、Webページが残っています。
  http://www.jfcr.or.jp/Ra100/

  放射線科で働く「医学物理士」の認定に係っています。現在、物理(系)出身の学生のリクルートが大きな関心を集めています。
  西尾さんは、国立がんセンター東病院で、厚生労働省では珍しい物理専門官という身分で、陽子線治療の物理技術面のサポート、および、一般放射線(光子・電子)の質の向上のため多様な活動に従事している、医学物理学会の若手ホープですね。放医研の古山浩子さんも、1973年に東大物理の山崎研(原子核・核物性実験)でドクターをとり、東大医科研、そして、放医研重粒子に移り、医学物理研究と実務を続けています。彼女は、マリー・キュリーたるべく物理を勉強しましたが、医学物理の世界で活躍しました。
  その他、物理出身の方々はポツリ、ポツリといますが、病院での臨床の場での活躍という点で、いろいろと困難がありました。物理の先生として、理論や実験の教育・指導をしている分には宜しいのですが、臨床現場で働く、研究を行うとなるとあれこれの困難(身分、医療の場で働く意味、など)がありました。
  物理卒業生のキャリアパス多様化のひとつの方向は医学物理士かと思います。日本医学物理学会もこのところニーズが高まっている「医学物理士」の育成について、今年の4月の学会で、「医学物理士育成」のシンポジウムを開催しました。私はその司会を仰せつかりました。添付ファイルは司会の挨拶のスライドです

 ファイル:伊藤先生スライド

  物理卒業生の受入れ先の動向の一端をご理解いただけるかと思います。

4  キャリアセンターの方針

以上のような経緯があって、2007年9月3日開かれた「キャリア支援センター開所式」
 (リンク先 http://ph-career.org/event/070903.html
において、センターの方針紹介を行った中で、「ポスドク問題―科学技術人材活用の道は?」のなかで、物理学の領域の広がりと開拓の中で、豊かな人材を育てよう。ということで、多様な連携と学問の広がり、柔軟な創造性の発揮、というスローガンを掲げました。そして、その1つの試みとして提案したのが、放射線医学との連携です。医学と物理学の分野の開拓で、社会へのインパクトを与えようではないか。しかも、学会の連携によって新しい境界領域を築こうというような話をしました。実際、「21世紀は総合科学の時代」です。20世紀個別科学が深められ発展してきた中で、それらを統合し、更に広い視野で境界領域を開拓するのが21世紀の科学の方向です。物理学も、宇宙・生命科学、医学、社会学、環境学、教育学といったさらに広大な領域との連携で成し遂げられる新しい課題に挑戦することが求められています。これは物理屋の好奇心を呼び起こすテーマではないか、とアピールしたのです。



坂東方針紹介.pdf
キャリア支援センター設立にあたって(Q&A)
http://ph-career.org/Q&A_final.html

5  ビーム物理セッションでの取り組み

 ところでびっくりしたことには、センター開所式の話を聞いて、平田先生が、「今度の北海道の物理学年会で、すでにビーム物理セッションで、このテーマでのシンポジウムがありますよ」といわれました。「え?そうなのですか? そんなことも知らなくてすみませんでした!それでは参加させていただきます。」という話になりました。学会長をしていながら、こういう動きを感知していなかった自分を恥じるとともに、大変感激いたしました。
  2007年9月の北大で開かれた大会での企画講演は盛況で盛り上がり、大変有意義なシンポジウムでした。私自身も、沢山のことを学ばせていただきました。医学と物理学という異なった分野の研究者が集まったのですが、「開拓者精神が息づいている」分野というのは、どこでも同じ雰囲気がある、それはちょうど、私が「湯川精神」といっているものであることに、感銘を受けた次第です。そこでは、先端の医療現場の現状や、研究者としていかに切り開いていくべきか、といった科学としての目標はもちろん、放射線医療といっても、X線・ガンマ線、それに中性子線、そして重イオン粒子、といったさまざまなビームが使われており、それぞれが特性を持っていることを知りました。また「動いている人体の腫瘍部に的確にフォーカスさせるには、人間の生体としての動きとの同期をとることも必要とあって、なかなか技術としても難しいのだと知りました。実際の治療では成功すると、殆ど他の組織を壊さず患部だけが除去されるという画期的な写真をみて、私のように「切るのはいやだ」と思っている人にもやさしい治療であることも知りました。この分野は物理学が大きな役割を果たすので、学問の多様化と職業戦線の拡大という2つを両立させるモデルケースになれる希望が見えます。
  そこで、このセッションに参加できなかった方々のために、講演者にお願いして、当日用いたPPTをこのウェブで紹介することにしました。今後の取り組みにも大いに参考になります。

shirato.pdf 白土博樹先生 uesaka.pdf 上坂充先生
date.pdf 伊達広行先生 ishikawa.pdf 石川正純先生

6  学問としての医学物理

 さて、私は、この企画を進めるに当たって、危惧していることが一つあります。私達は、物理を志し、専門の道を究めようとしている若い人たちに、「他分野にかわれ」と薦めてばかりいるのでは、どう考えても物理学会のすることではない、もっと夢とロマンを持って、物理学で極めたことを、新しい領域で開拓することのために駆使する、それこそが、本来の物理学の本質であると思っています。ですから、この分野にどんな挑戦ができるのか、新しい学問の領域としてどのような道のものがそこにあるのか、といったことまで含めて、職業としての開拓とともに、医学分野との境界領域として協力共同できることが大切だと思っているのです。それを、両立してやれるだろうか、こういう話を下浦さんと、何度もしてきました。それは、西尾さんの自己紹介(nisioshoukai)にはその意気込みが感じられ、心強く思っています。そしたら、下浦さんが、「たまたま本郷で、西尾くんに会い、久しぶりにいろいろ話をしました。」ということで、次のようなまとめをいただきました。

下浦さんのまとめ

(1) 異分野の連携は、見かけほどうまくいかないことが多いと思います。特に、seeds先行型のプロジェクトはうまくいかず、うまくいくプロジェクトは needs先行型でなければならない例をいくつか見聞きしてきました。物理のポスドクも、seedsとしての価値を売りすぎると、新しいキャリアパスを生むというプロジェクトはうまくいかない可能性があり、潜在的needs をまず調査するということを視野にいれておく必要があると感じました。

(2) 西尾くんの view では(もともと物理出身というバイアスはありますが)、  医学物理学は、(日本では)まだまだ未熟な段階であり、これを成熟した学問とすることが重要である。まさに物理学会として好機だと思います。物理学会がうまく連携して、そこから真に学問的に価値の高い「医学物理学」を作り上げられれば、非常にインパクトの高いものになるように思います。

(3) 医学物理学の現場では、専門学校を代表とするいわゆる専門技術を身につけた人材よりも、基礎に裏付けられて柔軟性が高く、地道な努力を尊しとするような人材が必要である。これは、先日お話した、本当の即戦力は実は、基礎をしっかりと身につけた人材こそが持っているということと同じことです。特に、(日本では)未熟な医学物理学においては、try and error を地道に繰り返してのみ、その水準を高められるということだと思います。基礎に重きを置く物理的センスを人材育成にどう反映させるかが工夫のしどころかもしれません。(これはきっと医学物理学に限らず、企業における人材という観点からも重要かと)

(4) 医学物理学を学問の一分野と成熟させるという観点から、物理学会からのアプローチは、(西尾くんとしては)歓迎すべきものである。日本物理学会と医学物理学会の共催でシンポジウムをやるとすれば、積極的にとりくみたい。

(5) 原子核のコミュニティに西尾くんから発したアナウンスに対する反響は大きく、実際、原子核理論の分野のポスドクを今年も受け入れる方向で進んでいるようです。

(6) 私も知らなかったのですが、立教大学理学部と順天堂大学が連携して、医学物理士をめざすプログラムが2008年から始まるそうです。
http://www.asahi.com/ad/clients/rikkyo/gakubu.html
きっかけは、西尾くんの後輩の小澤くん(私たちの実験グループの一員でもありました)が、物理および加速器分野のポスドクをしたあと、順天堂の助教になったことだそうです。小澤くんに関する記事が、日経に出たそうなのですが(見出しは何と、「物理屋を求む」だったそうです)、ご存知でしょうか。

ちなみに西尾くんは、ずっと物理学会の会員を続けているとのことでうれしく思いました。

 下浦さんは、ほんとうに面白い人を育てたんだな、というのが私の実感です。
私も私立大学で、面白い人材を育てたと思っていましたが、専門分野を広い視野で見ることのできる下浦さんのような指導者が本当に必要ですね。

7  第1回シンポジウムの意義

 西尾さんのご紹介で、また、日本医学物理学会会長 金井先生(放医研)とも連絡が取れたことで、私達も大変貴重な機会を得、連携して、若手養成・日本の新しい分野立ち上げに取り組む方向で進むことができる見通しが出てきました。物理学会のキャリア多様化支援事業が単なるキャリア多様化で終わらず、さらに学問の境界領域へ挑戦する物理学自身の豊かな発展につながれば、と考えています。まもなく、合同シンポジウムの企画も具体的になると思います。これを契機にしてさらに先に進めると期待しています。金井先生からは、「物理学会が考えておられるキャリア多様化支援事業はどのようなものか知りませんが、題名からみると私たちにとって、有用な活動をなさろうとしているように思えます。私自身は、医学物理学会という立場と、粒子線治療施設の普及という放医研での立場と両方から物理学会のそのような活動には非常に興味があります。」というご挨拶をいただきました。
 事業が単なる「職業斡旋」ではなく、学問の広がりを目指したいと常々思ってきましたが、このたび、その典型例が作れるのかどうかが、そこが、鍵となります。今回の取り組みが、学問のさらなる豊かな発展につながり、境界を越えた研究の連携を作り出せたら、面白いなと期待します。
 20世紀は個別学問の進化と発展の時代、21世紀はそれらの学問が再統合されさらに発展する時代ではないかと思われます。学会の横のつながりがきっかけになってこうした典型例が切り開かれれば、学会として取り組んだ意義が大きいと思います。

第1回シンポジウムについては以下のURLを見て下さい。
http://www.ph-career.org/event/071201a.html